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THE TENNIS 〜テニス人生〜

 

ここは僕のいままでの(これからも)テニス人生を振り返った部屋です。

存分にお楽しみください。

きっかけ

そもそものきっかけは小学校の頃やっていた軟式野球の友達の誘いから始まったのだ。

中学の上がるとき部活は何にしようかと悩み、最初は野球部に入ろうかどうか迷って

いたのだが、坊主頭に嫌気が差し断念。そして軟式野球ワンパクズのときの友達がテ

ニスをやるといっていたので、寂しがりやの僕はそれに便乗。こうして中学1年のとき

軟式テニス部に入部。これがそもそものきっかけである。

挫折

中学1年の秋頃、近所のゲームセンターにおおはまり。このころからゲームの誘惑に負

けて、部活をサボりがちになる。どうやら部活に出てさえいれば、新人戦のレギュラー

だったらしい…

復帰

中学1年冬の2月頃、ぼちぼちとまたテニスをやり始める。どうやらゲーム症候群はな

んとか収まったらしい。このころから何故かテニスに燃えまくったのだ…。そして中学

2年の中ごろ、県大会まであと一勝というところで敗北。かなり悔しかった。

立候補

中学2年秋、生徒会の書記に立候補する。選挙といっても委任選挙なのであえなく当選

。思えばこの立候補が僕のテニス人生を狂わしたといっても過言ではない。役職につい

た僕は部活に行きたくても、生徒会長のA,A氏に阻まれあえなく昇天。そして引退目前

までろくに練習もできないまま、最後の総体へと向かう。やはり人生はそう甘くはない

。練習不足のせいか、2回戦にてあっさり昇天。ここで軟式とお別れを告げる…。

再び

中学を卒業し、津田沼高校に入学。テニスの経験を活かし、硬式テニス部へと入部。

1年の時は最初の2ヶ月程は基礎体力作りに専念。やっとラケットを握れたころ、何故

か僕ともう一人は2,3年に紛れて練習させられた。やっぱりテニスは楽しいと実感。

栄光

1年の夏、校内でランキング戦が行われた。偶然かそれとも実力かはわからないが、こ

のとき先輩を出し抜いて5番手へと昇格。補欠の地位を確立された。そしてすぐに行わ

れた「公立校大会」に補欠として出場。試合こそやっていないが、一応これが硬式テニス

でのデビュー戦ということになる。そしてその後無難にテニスを続ける。

魔の手

1年の冬、ゲームに続く魔の手が忍び寄った…。それは麻雀である。こともあろうに

部室にて遅いときは夜の9時まで部室で麻雀をしていたのだ。そしてそのころから部活

にはいかず、部室でずっと麻雀をするという生活(?)を送っていたのだ…。

更正と

失望

先生に怒られること数十回…やっとのことで魔の手をかわしたのだが、高校2年になる

とき顧問の先生が飛ばされる。新しく来た先生はぶっちゃけた話、テニスは素人であっ

た。自分ではできないくせに、あれこれ指導を行うのだから最悪である。そして新入生

のほうは反乱分子ばっかりで、どうにもまとまらないのだ。

一揆と

天下

反乱分子である新入生一同、しかしわれらと利害が一致し反顧問軍が結成される。

そしてやはり向こうには負い目があるのか、すごすごと退散。3年生は「我関せず」とい

った状況である。(この頃にはすでに3年生は3人しか残っていなかった)春の大会では

それなりの成績で終わる。こうして3年生が引退試合を終えると、もうあとは我等2年

の天下となりさがったのだ。

初優勝

2年の初夏、第一回千葉ダンロップテニスサーッキットCクラスの大会で遂に念願の初

優勝を経験する。しかも決勝戦は同じ高校同士というなかなか渋いものとなった。そし

てこの頃から徐々にジュニアに興味がでてくるのである。